世界から少しずれた誰かの、声にならない叫び。ささやかな祈り

ネクロバズとむくつけき勇者たち 22 血塗られた決意 

ネクロバズとむくつけき勇者たち 22 血塗られた決意 

第22話 血塗られた決意

 スバルにたどり着き、街へ引き返してしばらくした時だった。

 道の先に、何かが群がっていた。

 ヘッドライトに照らされた道路の上を、黒い影がいくつも蠢いている。

 あのハエたちだった。

 何かを食っている。

 まだ餌にありついたばかりなのか、ハエたちは興奮したように羽音を立て、獲物に群がっていた。

 腐臭が車内にまで入り込んできた。

 肉を引き裂くような音がする。

 リプリーはハンドルを握りしめた。

 人間じゃない。

 そう願った。

 少なくとも、それだけは。

 だが、次の瞬間にはアクセルを踏み込んでいた。

 スバルが唸りを上げた。

「どけ、この野郎!」

 ハエの群れに突っ込んだ。

 二匹を撥ねた。

 鈍い衝撃が車体に伝わり、残りのハエが一斉に飛び立った。

 フロントガラスに琥珀色の体液が飛び散る。

 リプリーは急ブレーキを踏んだ。

 道路に残されたものを見た。

 人間だった。

 上半身しかない。

 顔面の肉は削げ落ち、胸部からは肋骨が露出していた。

 血がアスファルトの上に広がり、ヘッドライトを反射していた。

 リプリーはしばらく動けなかった。

 見覚えのある服だった。

「ディック……」

 間違いなかった。

 ディック・シモンズだった。

 リプリーは車を降りた。

 足元がおぼつかなかった。

 近づくにつれ、吐き気がこみ上げてきた。

 ディックの目は虚ろに空を向いていた。

 口が開いている。

 何かを叫んだまま、その形で止まってしまったように見えた。

 リプリーは辺りを見回した。

 さっきのほこらから、ここまではかなり離れている。

「運んできたのか……」

 咥えて飛んできたのだ。

 あの穴から。

 なぜだ。

 餌を運んだだけなのか。

 それとも――。

 俺に見せるためか。

「クソ……」

 リプリーは拳を握った。

 目頭が熱くなった。

 あの時、足を離さなければ。

 いや、離さなければ自分も引きずり込まれていた。

 分かっている。

 そんなことは分かっている。

 それでもディックを置いてきたのは、自分だった。

 闇の中から、重い羽音が聞こえた。

 リプリーは顔を上げた。

 何匹ものハエが夜空を旋回している。

 さっきまで逃げることしか考えていなかった。

 警察の仕事じゃない。

 殺人課の仕事じゃない。

 保健所でも軍隊でも、誰でも好きな奴がやればいい。

 そう思っていた。

「……やめた」

 リプリーは呟いた。

「俺がやる」

 拳銃に手を添えた。

「あいつら全部、ぶっ殺してやる」

 少し考えた。

「ついでに、あいつらを作った奴もだ」

 タバコを取り出した。

 指が震えて、ライターになかなか火がつかなかった。

 三度目でようやく火がついた。

 深く煙を吸い込む。

 煙草の匂いが、辺りに漂う腐臭をほんの少しだけ遠ざけてくれた。

 リプリーはディックを見た。

「済まなかったな」

 それだけ言って、スバルに戻った。

 エンジンをかける。

 ヘッドライトの向こうに、まだ数匹のハエが飛んでいた。

 リプリーはアクセルを踏んだ。

 車は一気に加速した。

 ルームミラーの中で、ディックの姿が小さくなっていった。

 やがて闇に消えた。

 リプリーは前を向いた。

「パルチノン……」

 タバコをくわえたまま、低い声で呟いた。

「今度は俺の番だ」

 

つづく

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